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公開:2026-10-01 / 更新:2026-10-08
バウンダリースパナー行動と、部門を越えた知識・データの共有
優れた戦略を立てても、組織が動かなければ顧客には何も届きません。営業が聞いた失注の理由、開発が持つ技術の制約、カスタマーサポートに届く声。マーケティングに必要な知識とデータの多くは、マーケティング部の外にあります。
では、組織としてマーケティングが機能するために、マーケター個人はどう動けばよいのか。三井不動産の矢倉和雄さんと進めた共同研究では、マーケティング実務者131名への調査から、この問いを確かめました。研究は2025年の日本マーケティング学会で発表し、ベストオーラルペーパー賞をいただきました。この記事では、研究の結果と、実務でどう生かすかを解説します。
研究では、マーケティングが機能している組織の状態を「市場志向」という物差しで測りました。市場志向は、次の3つの行動がそろった状態を指します(Kohli & Jaworski, 1990)。
先行研究では、市場志向を高める条件として、経営陣の支援、部門の間の連携、組織の仕組みの3つが示されてきました(Jaworski & Kohli, 1993)。一方で、その中でマーケター個人がどんな行動をとればよいかは、十分に明らかにされていませんでした。
この問いを考えるきっかけは、現場の実感でした。以前『マーケター1年目の教科書』を書くために、50名ほどのマーケターにインタビューをしました。成果を出している人ほど、戦略を考えることより、組織を動かすことに時間を使っていました。ある方は「戦略立案に使う時間は全体の2割程度。残りの8割は、営業や開発との調整、経営陣への説明、社内の理解を広げることに使っている」と話していました。
この行動を説明する言葉として出会ったのが、組織論の「バウンダリースパナー」です。部門や組織の境界を越えて、情報・知識・関係を仲立ちし、翻訳し、調整する人を指します。ソニーグループの十時裕樹社長も、組織の境界を越えて知識や活動を共有し、組織の行動を変える人材の大切さを語っています。役職の名前に関係なく、行動で見る概念です。
調査は2025年6月27日〜7月12日に、従業員50名以上の企業でマーケティング業務に携わる131名を対象に行いました。経営陣の支援、部門の間の連携、組織の仕組み、バウンダリースパナー行動、市場志向の関係を、共分散構造分析で確かめました。わかったことは3つです。
2つめの結果が、この研究の中心です。部門の間に定例会議や共有チャンネルがあっても、それで市場志向が高まるとは限りません。会議の場に、顧客の情報を持ち込み、相手に伝わる言葉に直し、話をまとめる人がいて、はじめて情報が動きます。
バウンダリースパナー行動は、次の3つに分けて捉えられます。
たとえば、ある部品メーカーで、失注が続いていたとします。マーケターはまず営業の商談に同行し、営業担当者と話せる関係をつくります(信頼)。そこで「価格より、納期の回答が遅いことで負けている」という声を聞き、失注理由の記録と合わせて、生産管理の会議で「回答までの日数」と「受注率」の数字に直して示します(翻訳)。そのうえで、営業と生産管理が納期回答の手順を一緒に見直す場をつくります(調整)。1人の行動が、3つの部門の知識とデータをつなげています。
調査の結果を実務に置き換えると、次のように言えます。
情報を集めて広めるところは、境界を越える人が担います。営業の失注理由をマーケティングに持ち込む、顧客調査の結果を開発の会議で共有する、といった行動です。ただし、人の頭の中や個人のメモに置かれた知識は、その人が異動すると消えます。運んだ知識とデータを、部門をまたいで誰もが探せる場所に置くことで、組織の知識として残ります。
一方で、情報をもとに動くところは、人の行動ではつながっていませんでした。顧客の声が共有されても、商品の優先順位や予算配分が変わらなければ、マーケティングは機能していません。ここは、経営陣の支援と、意思決定・会議・予算の仕組みで支える必要があります。
境界を越える人を、個人の資質や熱意に頼らず、役割として置く。運ばれた知識とデータを、共有の場所に置く。その情報をもとに意思決定をする仕組みを整える。この3つをそろえることが、マーケティングを組織で機能させる条件です。
マッキンゼーが2026年4月に公開したレポート「Reinventing marketing workflows with agentic AI」は、自律的に業務を進めるAI(エージェント型AI)が、現在のマーケティング活動の最大3分の2を担うようになると見ています。
一方で同じレポートは、CMO(マーケティング責任者)の約9割がAIの活用を試しているのに対し、マーケティングの業務の流れ全体で成果を得ているのは1割未満だと報告しています。人に残る役割としては、関係者との関係を築いて保つこと、AIの成果物を見直すこと、市場での経験から得た洞察を加えることを挙げています。
AIが分析や制作を担うほど、現場に入って一次情報を集めること、AIの分析結果を各部門の言葉に直すこと、部門の間の利害を調整することが、人の仕事として残ります。これはバウンダリースパナー行動そのものです。
同時に、AIが使えるのは、言葉やデータとして残っている知識です。境界を越える人が運んだ顧客の声や判断の理由を、共有の場所に記録しておくことで、AIもその知識を使えるようになります。
推奨アクションを整理すると、次の5つになります。
1〜4は、境界を越える人が知識とデータを運び、残すためのアクションです。5は、その情報をもとに組織が動くための仕組みです。研究の結果が示すとおり、この2つをそろえることで、マーケティングは組織として機能します。
部門を越えて人を動かすマーケティング責任者を育てる:CMO育成プログラム →