New Market & Culture
新しい市場・文化をつくる視点について
独自カテゴリーや新しい文化を社会に根付かせるには、どのようなアプローチが必要か。 「新しい市場のつくりかた」を手がかりに、市場・文化づくりの視点を整理します。
Overview
市場・文化づくりとは何のことなのか?
「自分たちのアイデアを市場や社会に根付かせるにはどうすればよいか?」 「独自カテゴリーを定着させたいが、どのようにアプローチすればよいか?」
これは、多くのマーケティング実務者が向き合っている問いだと思います。 私自身も、マーケティングの仕事を通じて「新しい市場・文化をつくる」ことをテーマに働いてきました。
とはいえ、市場・文化づくりという表現は、数字だけでは捉えにくく、どうしても曖昧さが残ります。 そこで、どんな視点で捉えるとよいのかを教えてくれる愛読書として、 三宅秀道さんの『新しい市場のつくりかた』があります。
Four Lenses
新しいアイデアを社会・市場に定着させる4つの視点
『新しい市場のつくりかた』では、新しい市場・文化を生み出すプロセスを、 次の4つの視点で整理しています。
1. 問題開発
新しい角度から問題提起する
そもそも、どんな「問題」が存在しているとみなすのか。 ウォシュレット以前には、「お尻を洗うこと」は問題として認識されていませんでした。 見えていなかった不便や違和感に名前を与えるところから、新しい市場づくりは始まります。
2. 技術開発
実現可能性を高める
提起した問題に対して、本当に解決できる技術を磨いていくフェーズです。 使い勝手・安全性・価格など、現実的に採用できる水準まで落とし込んでいきます。
3. 環境開発
自然と人が動く仕組みをつくる
人が新しい行動を取りやすくなるように、物理的・制度的・社会的な環境を整えることです。 専用レーンやインフラ整備、制度設計など、行動を後押しする「場づくり」がここに含まれます。
4. 認識開発
人が良さを知っている状態をつくる
新しい価値が、生活者や組織の中で「当たり前」として認識される状態をつくることです。 広告やPRだけでなく、口コミや利用体験、ストーリーテリングなどが含まれます。
4つの要素は一方通行で進むわけではなく、行き来しながら少しずつ新しい文化が社会に浸透していく── そんなプロセスとして描かれています。
Case 1
ウォシュレットトイレの市場創造・文化浸透
書籍の中では、日本のトイレ文化に大きな変化をもたらしたウォシュレットトイレの普及プロセスが紹介されています。 2020年度時点で普及率は80%を超え、生活の一部として定着しました。
ウォシュレット以前、「お尻を洗いたい」と考えていた人はほとんどいませんでした。 そこに「お尻を清潔に保てることは、人にとって幸せなのではないか?」という問題開発から、TOTOの開発チームの挑戦は始まっています。
そのうえで、
- ② 技術開発:安全・快適に使える技術の開発
- ③ 環境開発:水回りインフラや設置環境の整備
- ④ 認識開発:CMや体験機会を通じた価値の伝達
といった要素を行き来しながら、新しい習慣として社会に浸透していきました。
Case 2
デンマークに自転車文化が根付いた仕組み
デンマークは、自転車文化を社会に根付かせることで、 CO2削減や医療費削減(人が健康になる)といった成果を生み出している国です。
1970年代ごろから徐々に自動車から自転車へと交通インフラを転換し、 現在では通勤・通学の大部分が自転車で行われるようになりました。 専用レーンや橋、駐輪インフラへの継続的な投資を通じて、 「自転車に乗ることが自然な選択肢になる」環境がつくられています。
ここでも、4つの視点で読み解くことができますが、 特に重要なのは環境開発の部分だと考えています。自転車専用道路や象徴的なインフラをつくることで、 人々が自転車に乗りたくなる環境をデザインしているのです。
Reflection
マーケティングの可能性を広げるために
マーケティングの役割は、売上や利益をつくることだという前提は変わりません。 ただ、数字目標だけを達成できればよい、という発想で止まってしまうと、 仕事が味気ないものになってしまいます。
「新しい市場・文化をつくる」というアプローチを採用することで、 マーケティングの仕事にもう一つの軸──人や社会の「しあわせ」や「豊かさ」を広げる軸──を持つことができます。
自分が持っている「しあわせ」のイメージを、これまでより多様に豊かにして、 なんとかしてそれを実現する。そのプロセスそのものが、新しい文化を開発することだと本書は語ります。
フレームワークを当てはめるだけでなく、 経済的な豊かさと文化的な豊かさを同時につくり出すマーケティングの可能性を、 これからも探っていきたいと考えています。